豊柴 博義
取締役/CTO
博士(理学)
早稲田大学大学院 理工学研究科数学専攻修了。米国国立環境健康科学研究所、武田薬品工業等で、さまざまなデータの統計解析と、臨床試験データにおける遺伝子発現データ解析やターゲット探索、免疫と癌におけるバイオマーカー探索などに携わる。FRONTEOのライフサイエンスに特化したAIアルゴリズムを研究開発。
数学と生物学
私は数学の世界から創薬研究の生物学の世界に飛び込みましたが、両者の違いがとても興味深く、これも私が創薬にのめり込む要因の一つとなりました。
数学の理論は、論理展開が層のように積み重なっていて、とても確実であり、例えば30年前に発表された論文が間違っていたということはほとんどありません。一方で生物学は、昔から信じられてきた説が、テクノロジーなどが発達して実際に検証できるようになると実は間違っていたと判明することが起きる世界でした。つまり、研究の可能性が無限に広がっているのです。
また、数学では1+1がある日突然5になることはありません。しかし生物学では、研究対象となる現象にはさまざまな因子が絡み合っており、どうしてそうなるのかが実は分からない部分も多い。ただ、実験データなどをつなぎ合わせると、恐らくこのようにと、仮説として説明できるというのを、その現象から率直に論理的に理解していくことが求められている分野だと言えます。
ギャップを埋める
研究所で働く中で、数学者である私が、創薬の標的分子の選定で「こんな面白い結果を出しました」と提案しても、なかなか「よし、(それに基づいた研究開発を)やりましょう」とはなりませんでした。バイオロジストや決定権者の理解を得るためには、標的分子候補を単純にリストで示すだけでなく、興味を持ってもらえるレベルの仮説を提示しなければいけないということを、創薬に携わる業務を通して痛感しました。彼らが納得するようギャップを埋めるには、論文などを調べ、なぜその標的分子と疾患に関連があるのかの仮説を示すことが重要です。「あのチームは面白いものを出す」と評価されるようになるまで、10年はかかりました。
自然言語処理への挑戦
前述の、論文などを読み込んで仮説生成を行う作業は、私にとっては何よりも大変なものでした。論文はとにかく量が膨大です。これをどうにかテクノロジーで解決できないかと考え、対象が文書ならばやはり自然言語処理を使うのが筋だろうと、私の関心は自然言語処理に向かいました。そのタイミングで、すでに自然言語処理を使ってビジネスを展開している会社がFRONTEOでした。大きな感銘を受けるとともに、FRONTEOなら自分のやりたいことを実現できるのではないかと思い、入社を決意しました。
入社後、まず手がけたのが、自然言語処理を使用して論文から仮説を生成するヒントを生み出すAIアプリケーションの開発です。実は前職の時点でも検索ツールはあったのですが、あくまでも研究者自身が想定したキーワードから探す機能に留まるものだったので、すべて作り直しました。それが「KIBIT Amanogawa」です。
KIBIT Amanogawaの探索結果はノイズが多い?
KIBIT Amanogawaが提示した解析結果についてお客様と話すと、ノイズが多いのではないかとの指摘を受けることがあります。しかし、実はこのノイズと思われる部分が重要なのです。人間にはどうしてもバイアスがあり、情報を探す際、頭のどこかに、自身の考える言葉の意味からこういう結果が出るだろうという予想があります。そのため、自分自身の理解に反する結果についてはノイズと感じがちです。
しかしKIBIT Amanogawaは一定のアルゴリズムにより導き出される言葉の意味をアンバイアスかつ網羅的に探索するので、そのノイズこそが、人間の思い込みで見落とされる可能性の高い重要な部分なのです。もちろん創薬研究者がそれまでの経験から得たバイアス的な発想も重要です。しかし、それにこだわりすぎると見落としてしまうものもあるでしょう。
バイアスとアンバイアスの切り替え
エジソンが電球を発明する過程でもっとも苦労したのは、電球の部品であるフィラメントの素材選定でした。いろいろと試してみても、数時間で焼き切れてしまう素材ばかりで、さすがのエジソンもほとほと困り果てたそうです。そんな時、ふと目にとまったのが机の上にあった、竹製の扇子でした。その竹でフィラメントを作成したところ、200時間を超えても燃え尽きない。そこでエジソンは世界中の竹をかき集めて実験した結果、京都の竹が1200時間以上燃え続けることが確認され、実用化に至りました。
もし、一般の人が扇子を見ても、それをフィラメントに使おうとは考えないでしょう。研究者のエジソンだからこそ、偶然に机の上にあった扇子を見て、フィラメントになるかもしれないと実験をしたのです。さらに、もし竹は鉄なんかよりもすぐ燃え尽きてしまうのでフィラメントにはならないというバイアスを持っていたら、発明には至りませんでした。研究者がアンバイアスかつ網羅的に実験を繰り返す中での偶然の出会いがイノベーションを起こしたのだと考えます。
AIの限界とエキスパートとの関係
AIが万能だとは考えていません。恐らく、AIが一定の法則に従ってアンバイアスかつ網羅的に創薬の標的分子を突き詰めていっても、絞りきることはできないでしょう。もちろんさらに学習を行い、対象を絞ることは可能ですが、それはむしろイノベーションの可能性を狭めることになるだろうと思います。
ではどうするかというと、そこは人間の研究者の出番です。創薬研究者がAIを活用した解析手法を駆使しつつ長年の経験で培ってきた知見を生かして標的を絞り込み、仮説を立てる、これが現時点でベストの手法というのが私の考えです。これは、FRONTEOがずっと取り組んできた、AIによるエキスパートの判断支援というコンセプトとも合致すると思います。
Drug Discovery AI Factory
現在の創薬における課題として「標的分子の枯渇」が指摘されています。確かに、分かりやすい、見つけやすい、化合物を作りやすい標的分子はもうほぼ残っていないのかもしれません。しかし、これは従来のアプローチを用いる場合のみの話とも考えられます。最近、標的分子を提案したある案件でも、AIにより作成した遺伝子・分子ネットワークに提示された約700の標的分子から有望な標的分子を約100に絞り、そのうち20はPubMed収載論文中には疾患との関連について直接の記載がないものでした。その20の中で5つでは細胞レベルでの薬効が実際に認められました。つまり、新たなアプローチで解析すれば、まだまだ大きな可能性があるのです。
FRONTEOのAI創薬支援サービス「Drug Discovery AI Factory」は、創薬研究の最上流である標的分子の選定と仮説生成を行い、顧客に提案します。従来の創薬を変える、今までの手法ではたどり着けなかったステージに進められるものだと確信しています。