林 一己
ライフサイエンスAI事業本部
ライフサイエンスAI研究チーム 担当部長
博士(薬学)
薬学博士号を取得後、山之内製薬(現アステラス製薬)に入社。炎症・循環器・腎臓領域を担当しリサーチマネージャーとして活躍。その後、ドラッグリパーパシング(DR)室を立ち上げDR研究に従事。FRONTEOではKIBITを用いた解析方法の考案、解析方針立案、解析、仮説生成を担当
日本画家志望から薬学の道へ
私はもともと日本画家を志し、東京藝術大学への進学を希望していたのですが、高校3年生の夏に諸事情でその道を断念せざるを得なくなりました。そこで、数学や理科が得意だったことから薬学部を受験したところ、幸運にも合格し、薬学の道に進むことになりました。
面白いことに、大学で研究を始めてみると、研究と芸術に共通性を感じました。芸術は自己主張であり、例えば1枚の絵を描くときには、自分が伝えたい何かを表現します。研究も、自分のある仮説をどう表現するか、実験でいかに証明するかに取り組み、この点で両者は非常に似ていると言えます。それに気づくと研究が非常に楽しくなり、どんどんのめり込んでいきました。こうした創造性の魅力に心をひかれ、研究者を目指して製薬会社に入社しました。
ドラッグリポジショニングで世の中に貢献したい
前職の製薬会社では20年以上、専門である腎臓に関する研究を行っていたのですが、だんだんと、適応症を拡大した方が世の中に貢献できるのではないかと考え始めました。というのも、創薬では、ある化合物が臨床試験まで進みながらも期待していた薬効が認められず開発が打ち切りとなるケースが少なくありません。半面、そうした化合物も、適応症を変えれば効果が認められる可能性があります。このドラッグリポジショニング(薬の転用)の研究に心が動きました。
ただ、やはり大きな組織では決められた計画や研究戦略があるため、その中で臨機応変に動くのは難しい部分があり、せっかくのアイデアも埋もれていってしまいます。ちょうど子育てが一段落したライフステージの変化もあり、もっと自分のしたいことを自由にできる環境に身を置いてみようかと思い、転職を意識し始めました。
1本の動画がFRONTEO入社の決め手に
新型コロナウイルス感染症流行の少し前に、ドラッグリポジショニングの流れで、国立感染研究所の研究者と一緒にコロナ治療薬の共同研究を行っていました。その過程でインフルエンザやもともとのコロナ、SARS、MERSといった感染症にも効果がありそうなメカニズムのアイデアが出てきました。そのタイミングでアウトブレイクが起こったのですが、残念ながらこのアイデアは日の目を見ることはありませんでした。
ちょうどその頃、偶然にYouTubeで現在の上司である豊柴執行役員/CTOの動画を視聴し、衝撃を受けました。長年、生物学に携わってきた私が見つけた前述のアイデアとまったく同じものを、数学者である豊柴がAIを使ってササッと提示していたのです。創薬におけるAI活用の可能性に衝撃を覚えるとともに、このAIと勝負してみたいという感情も芽生え、FRONTEOに入社する決め手となりました。
AI が出してきた仮説は AI に聞き返す
現在は、FRONTEOのAI創薬支援サービス「Drug Discovery AI Factory」の受注案件での解析や、独自の解析手法の開発に従事しています。主に標的分子の探索と、なぜその標的分子が魅力的なのかを知りたいという顧客の依頼に対し、解析を通して標的分子を選定し、その仮説を導き出して提案します。
具体的には、まず疾患に関連する遺伝子のつながりの全体図である遺伝子ネットワークを自社開発のAIアプリケーションで作成します。そこから、顧客のニーズに従ってさまざまな解析手法を用い、解析します。一例として、ある疾患の時系列の異なるネットワークを比較した場合に、Aはまだ前段階、 B が悪化した段階となると、この違いを見極めることで、なぜ悪い状態になったかをあぶり出すことができます。さらに、その原因を突きとめるために「KIBIT Amanogawa」で論文探索を行います。KIBITは自然言語をベクトル化(数値)して解析するため、PubMedに掲載された膨大な論文情報から、キーワードに縛られず、入力した内容に近い情報を抽出・分類し、位置情報として視覚的に表示してくれるため、論文情報を視覚的かつ網羅的に把握できます。このAIを活用すると、予想外の発見も含め証拠となる情報が出てくるので、それらを基に仮説を組み上げていきます。「AIはブラックボックスだから信じられない」と言う人もいますが、私は「AI が出してきた仮説(遺伝子ネットワーク)は AI に聞き返す(論文探索)」という方法により、出てきた論文データの証拠を基に仮説を生成することで、そのブラックボックスを埋め、根拠を明らかにしています。
創薬研究者から見たKIBITによるAI創薬
前述のとおり、私はもともと腎臓が専門でしたが、KIBITを使うと、例えば中枢神経系の疾患に関連する標的分子の仮説も簡単に立てることができます。自分の専門外の領域の仮説も構築できるのは驚きでした。
通常、人間が仮説を立てる場合、論文など何かしらの証拠を基に発想・検討しますが、自社開発のAIアプリケーションは言語のベクトル化により、一定のルールに従って予測を行い、論文に直接記載のないつながりも含めてネットワークを作成します。論文に記載のない、つまり証拠のない未知の予測から提示される情報が、「この疾患とこの遺伝子がつながるのか!」といった、普通は思いつかない関連性へのヒントとなります。それを見て、研究者としてのインスピレーションが働き、KIBIT Amanogawaで論文データの証拠を探索してみると、予想もしなかった発見に出会うことがあります。この新たな着想からさらに探索すると、きちんとした仮説を立てることができ、非常に興味深い標的分子とその仮説を提案することができるのです。
そのため、研究者としてのイロハを備えた人であれば、自分の専門領域を超えた研究も可能になります。ぜひより多くの研究者に、KIBIT Amanogawaを体験してもらいたいです。特に薬学を学ぶ学生など、若い方に予想外の発見や新たな着想を身近に感じていただくことは、日本の創薬の原動力になると期待しています。
創薬コンソーシアムで日本の創薬を活性化
FRONTEO入社時は、ドラッグリポジショニングの実現が目標でしたが、現在はそれも含めて、さまざまな企業が参加する創薬コンソーシアムを立ち上げたいと考えています。日本でも多くの創薬ベンチャーが生まれ、すべてを自社だけで行うという時代ではなくなってきています。それぞれの強みを持ち寄って創薬プロジェクトを進めることで、大手製薬企業とはまた違った方向性で、日本の創薬を活性化できると信じています。
そのためにも、今はAIとバイオロジストが融合した「Drug Discovery AI Factory」を進めることが重要だと考えています。バイオロジストがAIを活用し実績を積み重ねることで、AIはブラックボックスだ、といった不安感を払しょくし、AIの実用性への理解が広まれば、科学の進歩が大きく加速すると考えています。