2026年09月03日配信
富士製薬工業は、女性医療領域を事業の中核とし、女性の健康課題の解決に取り組んでいます。今後さらなる成長を実現するために、早期開発フェーズにある有望な創薬シーズをいかに見極め、効率的に研究開発へつなげるかを重点戦略の一つとしています。
そこで富士製薬工業では、FRONTEOとの共創プロジェクトを通じて、「KIBIT」を活用したシーズ評価の高度化に取り組みました。AIを単なる情報収集ツールとしてではなく、「有望な標的を見極める目利き力」を強化するための基盤として活用した取り組みと、その成果について解説します。
![]() |
富士製薬工業株式会社 研究開発本部 ドラッグディスカバリーグループ プロジェクトマネジメント課 課長 清水 隆弘 様 |

シーズ評価では、「科学的妥当性」「臨床的ニーズ」「開発実現性」といった3つの観点から候補を評価する必要があります。
特に科学的妥当性には様々な評価のポイントがあり、医薬品を開発する価値があるかを見極め、適切なリソースを投入するために必要不可欠な工程です。

これまで当社はレイトフェーズの導入による新薬開発を中心に行っていました。このフェーズの導入評価においては、いかに早く広く正確に情報を収集し、ファクトに基づいて評価ができるかが重要です。一方アーリーフェーズでは、既存データの評価だけではなく、シーズのポテンシャルを見極めることが重要になります。
求められる特性は異なるものの、いずれのフェーズでもAI活用は重要になってきます。しかしアーリーフェーズでは標準化されたAIプラットフォームがまだ少なく、この評価方法そのものが差別化のポイントにつながると考えました。
そこで、アーリーフェーズのシーズ評価にAIを活用するため、FRONTEOとの共創プロジェクトを開始しました。

アーリーフェーズのシーズ評価には、以下のような構造的課題があります。

これらの構造的課題に対し、KIBITによる網羅的・ノンバイアスな標的評価や作用機序の可視化、仮想実験(Virtual Experiments)による薬効予測、疾患と標的の因果関係の予測などを組み合わせ、より科学的なシーズ評価の実現を目指しました。

プロジェクトでは、「次の成長ドライバーを見極める目利き力の獲得」を大きな目標に掲げました。
そのために、以下の4つの成果の獲得を目指しました。


プロジェクトは以下のような流れで進めていきました。
1次解析:疾患ネットワークを構成する標的すべてをロングリスト化し、複数リスク因子や疾患関係性について情報を付与
2次解析:1次解析でピックアップしたすべての遺伝子に疾患ネットワーク上で仮想実験を行い、その影響度を評価
情報付与:10以上の大項目と100近い小項目の情報を付与し、多角的に評価を実施
絞込み:ロングリストに付与した情報を評価項目に落とし込み、有望な標的を絞込み(ショートリスト)
調査:ショートリストに対して、薬理エキスパートによるデスクトップ調査で疾患関連性・想定作用機序・標的の調節方向性などの考察を実施
報告会・成果物発行:作成されたロングリストやショートリスト、プロジェクトの報告書などを受領

今回のプロジェクトでは、KIBITによる解析結果の有用性を確認するため、まず既知の重要標的をどの程度捉えられているかを評価しました。
解析では既知標的を意図的に除外せず、疾患ネットワークを構成する標的を網羅的かつノンバイアスに抽出しました。そのうえで、既知標的がKIBITの疾患ネットワークに含まれているかという「ヒット率」と、それぞれの標的が疾患の原因となる可能性を0~1で示す「原因性スコア」の2つの観点から評価しました。
その結果、既知標的の約75%がネットワークに含まれ、抽出された既知標的の原因性スコアは0.95という非常に高い値を示しました。これにより、KIBITが既知の重要標的を捉えていることを確認しました。

さらに注目したのが、これまで十分に着目されてこなかった標的です。最終的に得られた標的候補のうち、対象疾患に関するPubMedの文献数が10報以下の新規性の高い標的が85%を占めていました。
これらの候補はいずれも高いスコアを示しており、既知標的での評価結果と照らし合わせても、新規性の高い標的探索におけるKIBITの可能性を示す結果となりました。

さらに現在は、このプロジェクトで得られた標的マップのショートリストを、実際のシーズ探索にも活用しています。パートナーリングイベントに登録されているアセットとショートリスト上の標的を照合するパイロット運用を行ったところ、複数のアセットがマッチしました。
マッチしたアセットにプライオリティタグを付けることで、数多くのシーズの中から、どの候補を優先して調査し、アプローチするかを判断する一つの指標として活用できます。
従来のアセット起点の評価だけでなく、あらかじめ有望な標的の「地図」を持つことで、有望なシーズにいち早くアクセスできる可能性が生まれました。

今回のプロジェクトでは、標的地図やショートリストといった成果物だけでなく、研究者自身の「思考の変容」も大きな収穫となりました。
これまでのシーズ探索では、「この標的は有望か」というアセット起点の評価が中心でしたが、今回の取り組みを通じて、「なぜこの標的が病態に関与するのか」という仮説起点の思考へと変化しました。
また、FRONTEOとの定例会では、AIが提示する意外な候補が議論のきっかけとなり、研究者同士の新たな仮説創出につながる場面もありました。
AIは網羅的な探索に強く、人は優先順位付けや文脈の解釈を担う。こうした役割分担と補完関係を実感できたことも、今回のプロジェクトで得られた重要な財産です。

今後の展望として、まず短期的には標的地図をシーズ評価プロセスへ正式に組み込み、評価の標準化を進めていく予定です。
さらに中長期的には、自社発の化合物取得も視野に入れ、絞り込んだ標的のデスクトップ評価、またバリデーションを進めることで、オンリーワンの創薬シーズ創出につなげていく考えです。
(講演日:2026年7月23日)